半導体産業新聞 連載・ニッポン電機産業2.0 第5回 「電機業界の次の一手」

新聞記事のPDFについては以下のリンクをご参照ください。

ニッポン電機産業2.0_第5回

過去4回にわたり、日本の電機産業が苦境に陥った直接の原因を解説してきた。今回はそうした原因の根底にある背景について説明をする。その最大の背景とは経営者に「インテリジェンス」を活用する意識と「インテリジェンス・サイクル」を日常的に運用する重要性の認識が欠如していたことである。

■インテリジェンスは何か
インテリジェンスというと国家機関で諜報活動を行うようなスパイの存在をイメージするかもしれないが、企業インテリジェンスでいえばそこまで大げさなものではない。企業インテリジェンスとは、例えば、日常の業務の中で、競合企業の市場シェアや技術力、生産能力、主要顧客はどこか、などといった定量・定性的な情報を入手し、経営者が将来に意思決定をする際に必要な材料を提供する機能だ。
また、経営者の問題意識に端を発して、継続的に社内インテリジェンスの分析結果を経営判断の材料として活用する流れを「インテリジェンス・サイクル」と呼ぶ。世界で海外メーカーと競合している日本企業であれば当然こうした機能を持っていると思うが、現実は程遠い。各企業で「社長室」、「経営企画室」、「調査部」というような名称でインテリジェンス機能の一部を担っている部署もある。
しかし、社内で保有している情報の取りまとめと担当役員への報告機能が中心で、トップマネジメントへインテリジェンスとしての分析結果を提言するレベルに至っているケースは相当少ない。

■自らを「相対視」
インテリジェンスをどのように活用するかであるが、インテリジェンスの最も有効な使い方が、自らを「相対視」することである。インテリジェンスを通じ、競合企業に対して自分たちがどのような立ち位置にいるかを確認するのである。たとえば、事業規模でどの程度の差があり、将来にかけて設備投資の競争になった際、自社に資金調達力で勝ち目があるかなどの判断をすることができる。
日本の経営者には自らを相対化することができないために、「我々の技術力があれば絶対に勝てる」というような「絶対」という概念で意思決定してきたことが多かったのではないだろうか。「絶対」という概念は非常に危険である。例えば、自社の技術力が競合企業を圧倒しているために相対視することを怠り、競争優位を確立しきれずに気がつけば競合企業に追いつかれていたという状況も起こりうる。
今後、日本企業が海外で成長していくためにはM&Aを避けて通ることができない。そのためには、買収対象となる企業がどういった技術を持っているか、あるいは生産能力、顧客、収益性、財務内容などを知っておく必要がある。買収対象が上場企業である場合には公開情報を入手することで分析が可能である。
しかし、買収対象が未上場企業であったり、上場企業でもその一部であったりすれば、精緻に企業価値を評価するのに十分な材料が手に入っているとはいえない。事業会社はM&Aを行う可能性があるのであれば、買収対象企業について事業上入手した情報を取りまとめる部署が必要である。M&Aの際に投資銀行やコンサルティング会社の情報に依存するケースが多く見受けられるが、本来は自社で保有している情報が正確かどうかを確認するために外部を活用すべきであって、彼らの情報をもとにM&Aは行われるべきではない。

■好例はサムスン
サムスン電子はインテリジェンスを上手に活用している。現在は未来戦略室と呼ばれるインテリジェンスが機能している。彼らはこれまで見てきたような競合企業の分析にとどまらず、「フォーサイト」といわれる未来予想図を描くことも同時にしている。技術の変化は早く、意思決定が遅れれば企業存亡の危機にも関わるからだ。私の証券アナリストの経験から言って未来予測を正確に行える可能性は高くないといえるが、様々なシナリオにもとづいて対応策を準備している企業とそうでない企業の差は競争優位を決める要因ともいえる。台湾ファンドリー大手のTSMCも会長兼CEOのモーリス・チャンの指揮のもと、マクロ経済動向等の自社の受注動向を左右する市場についての予測に力を入れている企業として知られている。
自社で技術のロードマップを描ける企業や事業の市場シェアが高い企業は精度の高い「フォーサイト」が可能になる。結果、将来起こりうるイベントをうまく活用すれば、競争優位を確立できる期間を引き延ばすことが可能になる。
一方、変化を十分に予測できず、変化に対応できない企業は淘汰されることになる。インテルやノキア、マイクロソフトといった業界のリーダーでもあり資金力も豊富な企業ですら、外部環境の変化に対応しきれず、現在は苦戦を強いられている。こうした業界構造が変化する一瞬のチャンスを勝機にするためにもインテリジェンスが必要だ。

筆者プロフィール
泉田 良輔(いずみだ りょうすけ) 日本生命保険相互会社を経て、フィデリティ投信調査部でアナリストとして、エレクトロニクスや機械セクターなどを担当。13年にベンチャーやスタートアップ企業への経営支援、投資を行うGFリサーチ合同会社を設立する傍ら、個人投資家向け投資アイデアサイト「Longine(ロンジン)」にアナリスト兼編集委員長として参画